フレデリック・ブリュリィ=ブアブレの作品は、ビッグ・バンのように巨大で、複雑、そしてシンプルである。彼の作品は、あるものの原型を次々と再構成していく。どんなシステムにも属さず、ブアブレは世の中の詩的・物質的な変化を剽窃することで、私たちを原点に立ち返らせる。1948年3月11日、幻を見たブアブレは、自分の詩人としての役割は題材(素材)を明らかにすることであると理解する。ブアブレが監督した映画「Nadro」の中で、彼自身の演じるNadro(全てを覚えている人)は、ブアブレそのものである。彼は、詩人、作家、語り部、研究者、発明家、牽引者、啓示者、思想家、修道士、平和主義者、教育家、古文書保管人、「科学者」、イラストレーター、アーティスト、そして最後の百科全書家である。彼は、起源、つまりそこから彼がものごとを観察し、明らかにする完全な世界を創りだした。彼は世界の中で、そして自身の中で、あらゆるものごとを捉える。ものごとは彼と共に新しい方法で誕生し、また彼がそれらのものごとと共に誕生する。彼はものごとと共に進化し、ものごともまた彼と共に進化する。ブアブレは全てを解読することができ、彼の知識欲は、アフリカや地球規模にとどまらず、星まで達する規模である。ブアブレは、文字から始まる歴史を教え、私たちに世界の始まりの兆候を示してくれる。もしも名前を与えることが欠如を明らかにすることなのであれば、描き、詩を書くことは現実を超えることである。ブアブレは、すべてのものになる責任を負っている。ものごとを明らかにすることで、人間を明らかにする。ルネ・シャールはこう書いた。「鍵が君の住処であらんことを。」ブアブレ、彼こそが世界の鍵となって私たちに大地の最も美しい実りを与えてくれる。 今日ではすっかり年老いているものの、依然として毎日、百科全書家としての仕事場に腰を据え、自分の小さなカードから一枚を抜き取り、ボールペンで描いた枠組みの中に、黄色の小さな太陽を描く。それはまた、雲、果物に貼られたラベル、広告、床についた跡、偶然出来たシミなどであったりもする。 彼の全ての作品には日付が入っている。「今日は絵を描かなかった。」そしてその下には「2010年3月27日」。しかし休んでいるという意味ではない。ここで言う「書く」とは、もちろん、その日に世界に対して、彼の跡を描き残す、ということだ。ブアブレは、幻視者であり、金字塔である。2010年3月27日、彼は世界と全ての歴史の始まりの、恐らく最も学術的な兆候を私たちに見せた。1989年以来、フレデリック・ブリュリィ=ブアブレは、ビルバオのグッゲンハイム美術館、ポンピドゥーセンター、トリノのアグネリ財団など、世界中で数多くのグループ展に参加してきた。また、フランクフルトのポルティクス、ベルンのクンストハレ、ニューヨークのDIAセンター、バーミンガムのIkonギャラリー、そして(現在展示が行われている)ロンドンのテート・モダンでは、彼の個展を開催。そして今回のギャラリー デュ ジュールでの個展では、過去約20年にわたってアニエスベーが作り上げてきた、他に類の見ないコレクションが展示される。本展では、1970年から2010年の間に描かれたデッサンが展示され、作家、語り部、発明家、修道士、民族学者、牽引者、啓示者、そしてアーティストである彼の姿が明らかにされる。アニエスベー個人とギャラリー デュ ジュールの所蔵作品から選ばれた貴重なイラストの数々と、ブリュリィ=ブアブレ財団所蔵の稀有な原稿や、アンドレ・マニャンの所蔵する文献やイラストにより、ブアブレの様々な側面を見る事ができる。さらに、完成したばかりの66枚のイラストも展示される。90歳を迎えたブアブレはパリに来ない。「旅からの引退」をしたのだ。20年前から、ブアブレは周囲に友人たちからなる家族を作ってきた。彼は、彼らを、両親、息子、娘、兄弟と呼ぶ。ブアブレ曰く、ギャラリーを訪れる人全てが、彼の子供のようなものである。そして彼は人々を暖かく迎え入れる。
ジュヌヴィエーヴ、ポール&シルベストル・ブリュリィ=ブアブレ、ヤヤ・サヴァネ、エリザベス・クラヴェ、マルセル・ミラクル、ジャン・レバト・マニャン、ドニ・エスクリエ、そして本展にご協力頂いた全ての皆様に感謝する。
アンドレ・マニャン
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